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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)11694号 判決

原告

丸谷信行

右訴訟代理人弁護士

村上久徳

(他一名)

被告

有限会社カメラのマルタニ

右代表者代表取締役

丸谷與七郎

右訴訟代理人弁護士

安藤純次

主文

一  被告は原告に対し、金一五二万二四二六円及び内金一四〇万円に対する昭和六三年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四三〇万円及び内金三二〇万円に対する昭和六三年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請次をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

被告は写真材料及び同機器の販売等を業とする会社である。原告は被告の従業員兼取締役の地位にあった者であり、昭和六二年九月被告を退職した。なお、被告の代表取締役は原告の実父である。

2(未払給料)

原告は被告との雇傭契約に基づき給料として、昭和六〇年四月以降月額四〇万円の支給を受けていたが、同六一年八月から同六二年九月まで、本来支給されるべき額より一〇万円少ない毎月三〇万円の支給しか受けなかった。したがって、原告は右一四カ月分の合計一四〇万円の未払給料請求権を有する。

3(退職金)

原告は、一〇年間以上被告に勤務し、昭和六二年九月退職したが、同社の慣行に照らし相当額の退職金を受給する権利を有しており、その額は四〇万円を下らない。そして、被告は、キング共済と称する中小企業退職金共済に加入しており、従業員が退職する際の退職金については、中小企業退職金事業団から支給されることになっていた。したがって、原告には当然退職金が支払われるべきである。

4(賃料)

(一)  原告、丸谷與七郎、丸谷やゑ及び丸谷英行(以下「原告ら四名」という)は、各自別紙物件目録(略)記載の建物(以下「本件建物」という)の建築資金を負担し、本件建物を各持分四分の一の割合で共有している。

(二)  原告ら四名は昭和五四年一一月被告に対し、本件建物の一階部分を賃金一カ月四〇万円の約束で貸し渡した。

5(結論)

よって、原告は被告に対し、雇傭契約に基づき、昭和六一年八月から同六二年九月分までの未払給料合計金一四〇万円、退職金として金四〇万円、賃貸借契約に基づき、昭和六二年一〇月から平成元年一〇月分までの賃料のうち、原告の持分四分の一に対応する毎月金一〇万円の賃料合計金二五〇万円、並びに右未払給料、退職金、及び右賃料のうち昭和六二年一〇月から同六三年一一月分までの金一四〇万円の合計内金三二〇万円に対する弁済期の後(訴状送達の翌日)である昭和六三年一二月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、被告は原告に給料月額として四〇万円を支給していたこと、被告は原告に昭和六一年八月から同六二年九月まで、給料として毎月三〇万円を支給したことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実のうち、原告は一〇年間以上被告に勤務し、昭和六二年九月退職したことは認めるが、その余は否認または争う。

4  同4(一)及び(二)の事実は否認する。

本件建物は被告の代表取締役である丸谷與七郎の単独所有にかかるものであり、単に登記簿上原告ら四名の共有となっているにすぎない。

三  抗弁

1(未払給料請求に対し)

(一)  被告は、原告に対し月額三〇万円の給料を支給していたが、被告の経営が黒字となったので、原告との間において黒字の一時期に限り一〇万円を上積みする旨約し、月額四〇万円を支給した。被告は、経営が赤字となったため、原告に対し、元の給料水準である三〇万円を支給した。

(二)  被告は、原告の給料月額を四〇万円から三〇万円に引き下げるにあたり、原告の同意を得た。

2(相殺)

(一)  丸谷與七郎は原告に対し、次の債権合計二六二万二一三九円を有していた。

(1) 原告は、本件建物の持分四分の一の共有者として、丸谷與七郎が負担した本件建物の管理その他の費用のうち、その四分の一である二五〇万二六四五円を同人に返還する義務を有する。

〈1〉 原告ら四名は、本件建物の一部を喫茶店チムニーこと増岡秀子に賃貸していたところ、右賃貸借契約解除に伴う敷金返還請求につき伏見簡易裁判所にて調停が行われ、丸分與七郎は、右増岡秀子に対し敷金のうち七二九万二〇〇〇円を返還した。その四分の一は一八二万三〇〇〇円である。

〈2〉 丸谷與七郎は、右調停事件の弁護士費用として尾崎高司弁護士に二〇万円を支払った。その四分の一は五万円である。

〈3〉 丸谷與七郎は、本件建物の固定資産税として、昭和六二年度第四期分一七万六六〇〇円、同六三年度全期分七〇万六三〇〇円、平成元年度全期分六八万七八二〇円の合計一五七万〇七二〇円を支払った。その四分の一は三九万二六八〇円である。

〈4〉 丸分與七郎は、本件建物の防災費用としてやまと防災に七万九二〇〇円を支払った。その四分の一は一万九八〇〇円である。

〈5〉 丸谷與七郎は、本件建物の補修費用として福永塗装店に三〇万円を支払った。その四分の一は七万五〇〇〇円である。

〈6〉 丸谷與七郎は、本件建物の変圧器改修工事費として高島電交社に五六万八六六三円を支払った。その四分の一は一四万二一六五円である。

仮に被告のカメラ店のために右〈4〉ないし〈6〉の支出がなされたとしても、原告が承知しているとおり本件建物はカメラ店の営業を目的として建築されており、これらは本来の用法のための支出であるから、共有者である原告も負担すべきである。

(2) 原告と丸谷與七郎は、原告が持分五分の三、丸谷與七郎が同五分の二の割合により、京都市伏見区向島善阿弥町四八番雑種地五三平方メートルを共有している。原告は右土地の持分五分の三の共有者として、丸谷與七郎が支払った同土地の固定資産税、昭和六二年度第四期分三〇〇〇円、同六三年度全期分一万二六〇〇円、平成元年度全期分一万二八九〇円の合計二万八四九〇円のうち、五分の三の一万七〇九四円を同人に返還する義務を有する。

(3) 原告が丸谷與七郎所有のビデオカメラ、フジックスエイトを持ち出したことにより、丸谷與七郎は原告に対しその価格一〇万二四〇〇円の返還請求権を有する。

(二)(1)  丸谷與七郎は被告に対し、平成元年七月三日右(1)〈1〉ないし〈3〉、〈5〉、(2)及び(3)の各債権を、同年一一月一四日右(1)〈4〉、〈6〉の各債権をそれぞれ譲渡した。

(2) 丸谷與七郎は原告に対し、右七月三日の債権譲渡については同月四日到達の、右一一月一四日の債権譲渡については同月一六日各到達の書面により、各債権譲渡の通知をした。

(三)  被告は、平成元年一一月二一日の本件口頭弁論期日において、右各債権をもって、原告の請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否及び反論

1(一)  抗弁1(一)の事実のうち、被告は従前原告に対し月額三〇万円の給料を支給していたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

2(一)(1) 同2(一)(1)の事実のうち、〈1〉及び〈3〉については認める。〈2〉のうちかかる立賛金が存在したことは認めるが、返還していないことは不知。〈4〉ないし〈6〉は不知。右〈4〉ないし〈6〉については、被告が本件建物でカメラ店を経営するための支出であり、本件建物の必要費又は有益費に該当しないから、本件建物の共有者である原告が負担すべきものではない。

(2) 同(2)は認める。

(3) 同(3)は否認する。

(二)  同2(二)(1)は不知、(2)は認める。

第三証拠(略)

理由

一  被告は写真材料及び同機器の販売等を業とする会社であり、原告は被告の従業員兼取締役の地位にあった者で、昭和六二年九月被告を退職したこと、被告の代表取締役は原告の実父であることは、当事者間に争いがない。

二  未払給料請求

1  被告は従前原告に、給料月額として四〇万円を支給していたが、昭和六一年八月から同六二年九月分までは、毎月三〇万円しか支給しなかったことは当事者間に争いがない。

2  (証拠略)によれば、被告代表者はマルタニ写真機店の商号で個人として、写真材料及び同機器の販売等を業としていたところ、昭和五四年一一月に被告を設立し従前の営業を引き継いだこと、原告は昭和四八年八月右写真機店に雇傭され、被告設立後は同社に勤務し、営業等の仕事に従事していたこと、原告の給料月額は従前三〇万円であったが、昭和五九年四月分から三五万円、同六〇年四月から四〇万円になったことが認められる。

3  (書証略)によれば、被告は第七期(昭和六〇年一二月一日から同六一年一一月三〇日まで)以降、当期損益が赤字となったことが認められるが、使用者は当期損益が赤字となったからといって一方的に従業員の賃金を引き下げることはできないと解されるところ、被告は、〈1〉賃上げのときに原告との間において赤字のときは給料を従前の額に引き下げる旨合意した、〈2〉賃下げのときに原告の同意を得た旨各主張するが(抗弁1(一)及び(二))、いずれも認めるに足る証拠はない。

したがって、原告の給料は昭和六一年八月分以降も月額四〇万円であるから、被告は原告に対し、未払給料として同月から昭和六二年九月分まで毎月各一〇万円、合計一四〇万円を支払う義務を有する。

三  退職金請求

1  (証拠略)によれば、被告は中小企業退職金共済制度に加入しており毎月その掛金を納付していること、被告を退職した従業員が退職金を受領した例があること、被告においては退職積立金を計上しており、その額は昭和六二年一一月三〇日時点で五七万五〇四〇円であることが認められる。

2  中小企業退職金共済制度の場合、退職した従業員は直接同事業団に退職金を請求する権利を有するものであり、雇傭主に対しては退職金を請求する権利はないから、被告が右制度に加入しているからといって、原告が被告に対し退職金請求権を有するとはいえない。

3  原告は、被告には退職金支給の慣行が存する旨主張するが、被告を退職した従業員が退職金を受領した例があることは認められるものの、証拠上同人に退職金を支払ったのは被告なのか退職金共済事業団なのか明らかではなく、退職金支給の慣行の存在は本件全証拠からしても認めるに足りないから、原告の退職金請求は失当である。

四  賃料請求

1  (証拠略)によれば、本件建物は登記簿上、原告、丸谷與七郎、丸谷やゑ、丸谷英行の共有名義であり、その持分は各四分の一であること、本件建物の建築資金は約八〇〇〇万円で、各自がその約四分の一ずつを自己資金や借入金等により負担したこと、原告は、株式会社浅沼商会から八〇〇万円、南京都信用金庫から五〇〇万円を借り入れたほか、自己資金等で合計約二〇〇〇万円を支払ったこと、原告は、被告から支給される給料や本件建物の賃料により、右借入金を分割で返済したことが認められ、この認定に反する被告代表者本人尋問の結果は採用しない。右事実からして、原告ら四名は持分各四分の一の割合により本件建物を共有していることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

2  証人丸谷英行の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告ら四名は被告に対し、昭和五四年一一月本件建物の一階及び三階の一部を賃料月額四〇万円の約束で賃貸したこと、被告は昭和六二年一〇月以降右賃料の支払を怠っていることが認められる。

したがって、被告は原告に対し本件建物の賃料として、昭和六二年一〇月から平成元年一〇月分まで毎月各一〇万円、合計二五〇万円を支払う義務を有する。

五  相殺の抗弁

1  抗弁2(一)(1)の〈1〉及び〈3〉、同(2)の事実については当事者間に争いがない。(証拠略)によれば、同(1)〈2〉の事実が認められる。右各支出は、右事実からして共有物の管理の費用その他の負担と認められる。

同(3)の事実は認めるに足る証拠がない。

2  (証拠略)によれば、丸谷與七郎は昭和六三年九月三〇日やまと防災に対し、本件建物の消防設備の点検修理及び本件建物に設置した消火器の購入代金として、合計七万九二〇〇円を支払ったこと、同人は同年一二月一五日福永塗装店に対し、被告店舗内に雨が入るのを防ぐため、本件建物の北側側面をコーティングにより処理するとともに塗装を施した改修工事費用として、三〇万円を支払ったことが認められ、右各費用は右事実からして、共有物の管理の費用と解するのが相当である。

3  したがって、原告は共有持分に応じ、右共有物の管理及びその他の負担に関する費用を、丸谷與七郎に支払う義務を有する。

4  (証拠略)によれば、丸谷與七郎は平成元年六月二日高島電交社に対し、変圧器の改修費用として五六万八六六三円を支払ったこと、右変圧器は、被告が写真店の営業のために特殊な電気器具を使用しているため必要なものであることが認められる。このように特殊な用途のために必要な費用については共有物の管理の費用とは認められず、このことは、当初から本件建物が写真店の営業を目的として建築されたことによって、左右されるものではないと解するのが相当である。

5  (証拠略)によれば、抗弁2(二)(1)(債権譲渡)の事実が認められ、同(2)(債権譲渡の通知)の事実は当事者間に争いがない。

6  抗弁2(三)(相殺の意思表示)の事実は当裁判所に顕著である。

7  以上検討のとおり、被告主張の相殺の自働債権については二三七万七五七四円の限度で認められるところ、現実の支払を確保する必要性から給料債権を受働債権とする相殺は禁止されているので、賃料債権がその受働債権となるにすぎず、右賃料債権はその対当額において消滅し、その残額は一二万二四二六円である。

六  よって、原告の請求は、給料債権一四〇万円、賃料債権一二万二四二六円及び右給料債権に対する遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

物件目録(略)

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